徳島における建築文化の継承・発展を考える

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11月29日に徳島大学で、学会主催で「徳島における建築文化の継承・発展を考える」というシンポが開催されました。

地方に設計事務所ができるのは、建築基準法、建築士法が制定される昭和25年以降です。

それまでは、建築家は東京もしくは大阪に事務所を構えており、地方には設計施工ができる工務店が設計を担ってきていました。

 

徳島は徳島大学に建築学科がないため、他の地方都市と比べて大学よりも、建築士会等の職能集団による建築文化の継承が行われてきていました。

大阪市立大学の倉方俊輔先生より、大分県も同様に建築系大学がないため、職業人による活動が盛んであることをご紹介頂きました。

 

今回のシンポジウムの意義は、徳島大学にこれだけの建築家が集まったということだと思います。

徳島大学は土木分野では有名ですが、土木が強すぎて建築が成長できませんでした。

私自身、徳島だけでなく四国内に建築学科がないため、それをいいことに東京に進学をしていきました。(とにかく都会に出たかった)

Uターンをして設計事務所を始めた今、徳島の建築家のルーツが分からないのが一番困ります。

今回のシンポジウムで、徳島で活躍される建築家の方々が、東京をどう思っていたのか、故郷になぜ帰ってきたのか、

地元の方々にどのように受け入れられてきたのか、など、まさに等身大で僕が取り組んでいる課題にこれまで

どう答えてきたのかが聞けて、本当にありがたいことでした。

 

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二次会は、徳島唯一の安藤建築で。

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1960年代、我が国では多くの建築系教育機関が設置されたこともあり、建築デザイン教育が広く普及した。
これに呼応するように、都市部で建築を学んだ若き建築デザイナーが地方に渡り、それまでは工務店による設計施工や行政営繕部による設計が中心であった地方の建築にも「建築デザイン」の動きが広がっていった。
そして、現代では多くの若手建築家が地方で活躍するようになってきている。
この動きは地方の都市や建築にどのような変化をもたらしたのか?
これは日本建築史の上で大転換点となる歴史的な事象であり、その評価考察はとても重要である。
地方における建築文化は歴史的建造物が中心であり、現代建築についてはあまり論評されることがなかったことも事実である。
一方で、建築文化は地域の景観を創り、建築に対する見方を創ることからその発展が大変重要である。
地域建築家が半世紀の蓄積を継承し、これからの地域をどのように創造していくのか。
本シンポジウムでは我が国の建築文化や地方の建築文化を俯瞰した上で、徳島における建築文化の継承、発展を考える。
■主催
(社)日本建築学会四国支部・徳島支所
■協賛
(公社)徳島県建築士会
(社)徳島県建築士事務所協会
(公社)日本建築家協会
四国支部徳島地域会
■会場
徳島大学常三島けやきホール
(徳島市南常三島1-1 徳島大学総合科学部2号館)
■駐車場
総合科学部側の駐車場をご利用ください。
(台数が限られていますので、できるだけ公共交通機関をご利用ください。)

13:00 受付開始
13:30 主催者挨拶:日本建築学会四国支部長 賀村 智
13:40 基調講演
倉方俊輔先生/大阪市立大学建築学科・准教授
「 戦後日本の地方における建築文化の展開」
14:55 休憩
15:05 パネルディスカッション「徳島における建築文化のこれから」
パネラー/話題提供
1.野々瀬 徹(野々瀬建築都市設計事務所/徳島建築家1950年~世代)
2.伊月 善彦(moon at./徳島建築家1960年~世代)
3.島津 臣志(島津臣志建築設計事務所/徳島建築家1970年~世代)
コーディネーター 田口 太郎(徳島大学・准教授)
コメンテーター  倉方 俊輔(大阪市立大学准教授)
趣旨説明  15:05~15:10 田口 太郎
話題提供1 15:10~15:25 野々瀬 徹
話題提供2 15:25~15:40 伊月 善彦
話題提供3 15:40~15:55 島津 臣志
ディスカッション&まとめ 15:55~16:50
16:50 閉会挨拶:日本建築学会四国支部徳島支所長 新居照和
17:00 閉会

ABOUTこの記事をかいた人

徳島県上板町にて、コミュニティ建築家としてがんばっています。 会社:プリズム建築設計室 資格:一級建築士、博士(工学)、土地区画整理士